「文學界」5月号

寄稿しました

「文學界」2022年5月号の特集「幻想の短歌」に、エッセイ「短歌という鋳型 「推し」を歌にする」を寄稿しました。

ゆにここさんで行ってきたオンライン短歌講義「推しと短歌」や最近の寄稿に興味を持ってくださった担当の方から、「推しと短歌」を軸にしたエッセイをご依頼いただき執筆したものです。最近の二次創作短歌の動向や私が作った二次創作短歌の紹介をした後、物語る暴力性についてスポットを当てました。特集名は後から知りましたので、少し違った毛色かもしれませんが、楽しんでいただけると嬉しいです。

笠木拓さん・北山あさひさん・黒瀬珂瀾さん・谷川由里子さん・雪舟えまさんの短歌、小宮山遠・高浜虚子の俳句、暮田真名さん・湊圭伍さんの川柳、イ・ランさんのインタビューなどを引用しています。

短歌は私にとって、関係を再確認するための手段であり、熱を留めながらぐちゃぐちゃになった心の形を知るための装置だ。(中略)私は鋳型から取り出したものを見て、あるいは鋳型から零れ落ちたものを見て、何かを好きになったことで(好意だけではなく、憎しみや怒りからも歌を作るが)、私は生きようと思ったことがある、と思い出す。私は確かに、生きて抗おうとしたことがあるのだ。

引用していただいた箇所

同じ特集に瀬戸夏子さんが、「人がたくさんいるということ」という現代の短歌ブームについての批評を寄せられている。木下龍也さんの『あなたのための短歌集』と榊原紘の『悪友』の一首(『おおきく振りかぶって』の二次創作詠)

奪われるための眼だった臆病なきみがおおきく振りかぶるとき

とゆにここさんでの講座を取り上げてくださった後で、

木下と榊原の活動に象徴されるものが、現在の短歌ブームの両翼であるようにわたしには見える。

と書いてくださっています。本当に驚きました。

そもそも短歌がブームになることを歓迎していない歌人たちもすくなくないだろう。それでも、認めなければならないだろう。短歌は、流行っている。
この透明な嵐のなかで、なにを、どんなふうに詠むか、それぞれの歌人がそれぞれのやり方を選んでいく。ばかみたいな言い方かもしれないけれど、大事なことは、じつは、たぶん、それだけである。

の部分にはとても頷きました。現在の短歌と「文学」、そして「私性」の関係性についての箇所も面白かったので、ぜひ読んでいただきたいです。

また、「偏愛の一首」で高島鈴さんが第二歌集『セーブデータ』から

心中をしなかったのは偶然で、バターは必要なときにない

を引いてくださっています。高島さんの一首評が(しかも私の歌について)読めるなんて本当に嬉しいです。

この歌では命を失わなかったのが偶然、バターがないのは必然だ。

といった「反転」の発見を拝読し、自分としては取り合わせで作った歌の細かなところが繋がっていく感覚があって面白かったです。ありがとうございます。『セーブデータ』は200部だけ刷った私家版で、どなたが買ってくださったのか全然分からないのですが、手に取ってくださった方々のなかで大切なものになっていれば嬉しいですし、いつか新しい歌集を出す際に合本のようにできたらと思っています。

全体

まずこの特集「幻想の短歌」は、大森静佳さん・川野芽生さん・平岡直子さんの「幻想はあらがう」という座談会から始まるとても豪華な内容です。御三方が思う「幻想の短歌」の五首選に加え、他の二名の方の歌のなかからも一首ずつ引かれています。それぞれの「幻想」観(「写実と幻想が実は全然対立していない」など)が読めたことがまず面白かったですし、個人的には平岡さんの、

短歌はとにかく短いので、効率化のために再生機器を統一しているようなところがあると思うんです。喩えが変かもしれないけど、みんながラジカセを持ってるって決めちゃえば、互換性とか気にせずにすべての歌をカセットテープでつくれるよね、みたいな。

といった言い回しにやっぱり憧れるな、と思いました。平岡さんの発言は突拍子もない感じが一見するのですが、攻撃が通りやすくなる磁場が発生するみたいな感覚になります。補助魔法を発動させてからどんどん撃っていくという感じでしょうか。

堂園昌彦さんの幻想短歌アンソロジー80首も、こんなに為になるものが読めるなんて、と驚きましたし、もう一つの座談会「短歌の幻想、俳句の幻想」(生駒大祐さん、大塚凱さん、小川楓子さん、堂園昌彦さん)で、短歌と俳句の違いも捉えながら、堂園さんがいることによって更に話が深く円滑に進んでいる感じがしてものすごいお仕事をされているな、と思いました。

10人の方による7首連作から、一首ずつ引きたいと思います。

仕掛け絵本ひらけば夜の群青に彗星が立つ、立つ 愛は勝て/北山あさひ「愛は勝て」

拷問の描写できれば見たくない ウェットティッシュってすぐ乾く/佐クマサトシ「lottery」

頼まれたチラシのためにいくつかのフリー素材で家族をつくる/柴田葵「スタッキング・デイズ」

なんでおまえは途中でいなくならないの 天気や服が意味を持ちそう/絹川柊佳「ズズ ケロロ軍曹みたく切ない」

真実にはなればなれになるわけじゃないよね 月光は目が悪い/瀬口真司「はなればなれに」

簡潔な雨の降るなか思い出す〈時間〉には助手がいたことなどを/笹川諒「紫犬」

秋を百回見たら私はどうなっているだろう降りかかる黄葉/相田奈緒「繰り返しているように」

数字しかわからなくなった恋人に好きだよと囁いたなら 4/青松輝「4」

するならばあなたとだった 何通りものゆうぐれの即興演技/岐阜亮司「フラグメント」

労働に障れる髪を削ぎながら鏡のうちの窓のするどさ/小原奈実「湿疹」

永井祐さんの批評「普通になる口語の短歌」は、自分では気にしていることすらうまく言語化できなかった箇所に言及されていて、読んでいてなぜか元気が出ました。宇都宮敦さんの口語短歌リズム論など、他に読み込めていない部分もあるので全て書くことはまだできないのですが、とても充実した特集だと思います。多くの人に読んでいただきたいです。