作者の顔 それでも人は〈顔〉を見る

顔写真は思ったより大切らしい

笹井宏之賞をいただいてから、短歌の作品を依頼されるようになった。そのとき、顔写真もつけてくださいと言われることがあった。僕はそのことが少し嫌だった。

そもそも顔写真が必要な理由がわからなかった。皆、作品を読みたくて読んでいるのでは? 顔がわかって作品の読みが変わることがあるのだろうか? ないと信じたい。顔がわかったところで何も変わらないというのなら、そもそも写真など必要ないではないか。以前から写真を撮られるのが苦手なのもあった。僕は本名が「女性」の名前なので、その名前で短歌をやっていたときは「女性らしい(あるいは「女性らしからぬ」)」「この作者は(主体は)〜(以下、「女性」であることを理由とした評)」とよく言われた。あるタイミングで性別がわからない、むしろ「男性」のような筆名(榊原紘)に変えた。

だが、そんな行動も結局写真があれば簡単に打ち破られてしまう。僕には僕の目指したいルックスがあり、似合う髪型や服、化粧がある。そうした結果、見た目を「二十代の女性」だと思われることは、僕にはマイナスでしかなかった。作品を読んでほしい。僕の顔を見ても誰もなにも思わないかもしれない。その方がいい。でも、「もし何か言われたら」と考えることは、僕を心底疲れさせた。これは僕が小・中学時代に外見を理由にしていじめられていたことと無縁ではないと思う。

ここで当時何を言われたとか何をされたとか、そういうことを書くつもりはない。同じような経験をした人に傷ついてほしくないからだ。僕にそんなことをしてきた人は覚えてもいないだろう。とにかく、僕は顔を不特定多数の前に晒すことに怯え、そしてそれは自分を守るために必要だったこともまた疑わない。

しかし、事情を説明して顔写真なしで作品を出させてもらうことが続いたあるとき、顔写真の掲示なしでは成立しないということで、依頼を取り下げられたことがある。僕は正直驚いたし悲しかった。そこまで顔写真が重要だと知らなかった。今思えば、誌面には向こうが綿密に考えて設定している配置がある。そこに顔写真の枠もあるだろう。それが抜けることで増える仕事量は、僕が思っているよりも多いのではないか。締切もタイトな依頼で、僕一人のために、本来する必要のない仕事をさせることは本意ではない。ただ、この世には顔写真を出せなければ逃す依頼があり、チャンスがあり、もしかすると失う信頼もあるということが分かった。

オリンさん

そこから暫くして、僕は写真を撮ってくれる人を探し始めた。

依頼欲しさにではない。僕が写真を撮られることを嫌がる根幹に、恐怖があり、他人への不信感がある。それが少しでも和らぐことをまず目的とした。そして写真が一枚あれば、無理を言って相手の仕事を増やす必要もない。写真なしで対応してくれた方々には本当に感謝している。

そして、Twitterの検索から写真家のオリンさんを見つけることができた。Twitterでこうした募集をかけている写真家さんはかなり多い。その中でオリンさんに依頼できたのは偶然に近いけれど、とても幸運だったといえる。やり取りが明確で親しみやすく、実際お会いして話してみても安心できた。

撮影は最初は緊張したけれど、すぐにリラックスすることができた。憧れのルキュリオさんにスタジオとしてお店を貸していただき、本当に嬉しく思う。

それほど緊張せずに済んだのはオリンさんの技術やお人柄も勿論あるけれど、仕事として依頼していることも大きい。オリンさんはカメラ越しに僕を見ている。僕はそれに応える。正規のお金を支払い、契約する。こちらが依頼し、仕事として請けていただいている、という関係が自分にとっては日常とは別の感覚で、ありがたいものだった。顔写真が必要だという話をしたとき、友だちが撮ろうかと申し出てくれて、それはそれで本当に嬉しかったけれど、申し訳なさと恥ずかしさもあり断った過去がある。

勿論、歌人だけではなく顔を公開せずに活動している人もいる。(皆そうであってほしいけれど)つつがなく仕事ができる場合もあるし、それが話題を呼ぶこともある。僕がここまで顔写真への疑問を挙げてきて、結局写真を撮り、そして公開することは、「顔写真ありの市場」のようなものに加担することかもしれない。迷ったけれど、僕は僕にかけられた呪いを解くために、オリンさんに協力していただけて本当に良かったと思う。

それでも人は顔を見る

最後に一つ断っておくと、僕は自分や他人の顔について何も思わないということはない。顔が出ていれば顔を見る。今対面している相手だろうが、何百年前に死んだ偉人だろうが、顔という情報があれば顔を見る。なんだか楽しそうだなとか、へぇこんな顔だったんだとか、そんなことを思うし、いわゆる好みの顔だってある。好みの顔や、その人なりのルックスへの工夫を見るとき、嬉しいことは全く否定しない。「顔がいいなぁ〜」とかも普通に思う。

そして、「僕の顔を見ても誰もなにも思わないかもしれない。その方がいい」と書いたけれど厳密には違って、今回撮っていただいた写真ばかりは、「良い写真だな」と思っていただけたら嬉しい。